サイト売買コラム

  • 買い手目線

譲渡が繋ぐ未来:元運営者と共に歩む観光情報サイトの成長

取材協力者:Catch the media 代表 足利義一さん(サイト購入者)

買収のきっかけ

私が経営するメディア会社では、新しい事業分野として観光業を応援するビジネスが議題に上がっていました。コロナ禍で観光業は一時的に落ち込んでいましたが、少しずつ回復の兆しを見せ始めています。その回復の波に乗り、私たちの会社も何か新しい価値を提供したいという思いが強まっていました。しかし、「今から観光業界に投資するのはリスクが高すぎるのでは?」と社内には慎重な声も少なくありませんでした。そんな中、社内から提案されたのが、既存の旅行・観光情報サイトの買収でした。

このサイト売買の情報を聞いたとき、私は「これは面白そうだぞ!」と胸が熱くなるのを感じました。いきなり観光業界にゼロから参入するのは難しいですが、既に確立されたサイトのプラットフォームを活用できれば、リスクは低減できるかもしれないと感じたのです。私自身も旅行が好きで、仕事を通じて観光業界の支援ができるという思いに、心が高鳴りました。しかし、同時に「果たしてこのサイトが本当に利益をもたらすのか?」という現実的な不安もよぎり、胸がザワザワする感覚がありました。

そこで、私はサイトの買収は初めてのことなのでサイト買収について調べ、また対象となる旅行・観光情報サイトのデータや内容を徹底的に調べることにしました。

サイトの現状評価

実際にサイトを細かく見ていくと、そこには思わず目を引く観光情報が並んでいました。地域ごとの特化した情報、季節ごとのイベント情報、訪問者が投稿する口コミや現地の写真などが美しく整えられ、ページをめくるたびに「このサイトには、運営者の愛情が詰まっている」と感じました。私はパソコンの画面越しに、その運営者の情熱や誠実さが伝わってくる気がして、ますますこのサイトに魅了されました。

データ面でも収益構造やSEO評価、月間のPV数、SNSアカウントの運営など、細かい部分を確認しました。コロナ禍の影響で一時的にアクセス数や収益は落ちていたものの、観光業が回復し始めれば、再び成長が見込めると判断しました。さらに、SNSでのフォロワーも一定数存在し、リピーターが多いことから、ファンが多くいるサイトだと感じました。

しかし、問題は更新頻度の低さです。運営者のリソースが限られているため、競合の旅行・観光情報サイトに比べて更新頻度は低い様子でした。「このまま放置されるのはもったいない。このサイトを復活させて、さらに成長させたい」と感じる一方で、「このサイトを買収して、本当にその価値を引き出せるのか?」と責任の重さに少し緊張も覚えました。

売り手・佐伯さんとの出会い

そこで私は、M&A専門家である和家さんのサポートを受け、売り手であるサイト運営者の佐伯さんとの交渉に臨むことにしました。実際に売り手と対面で話をするトップ面談のとき、その運営者の人柄と情熱がひしひしと伝わってきました。佐伯さんは「このサイトは、私の大切な居場所であり、いわば我が子のようなものです」と言いながら、長年にわたる運営の歴史や苦労、そして観光業界への愛情を熱く語ってくれました。

佐伯さんの話を聞くうちに、私も自然とその場の空気に引き込まれ、「この人の想いを、私が引き継がせてもらえるのか?」と緊張が走りました。佐伯さんの顔には、わずかに見える寂しさと、次のステップに進むための覚悟が同時に漂っており、その複雑な感情が胸に迫りました。運営者のその一言に触れる中で、私は「絶対にこのサイトをさらに大きく成長させ、想いを無駄にしないようにしよう」と静かに心に誓ったのです。

和家さんとも、何度も打ち合わせを重ね、双方の意向をうまく汲み取りながら交渉を進めてくれました。そのおかげでスムーズに売り手の希望と私たち買い手の希望が合致し、無事に合意が成立しました。その瞬間、「自分の手でこのサイトを復活させるんだ」という責任感とやる気が湧いてきました。

サイトの成長戦略とリニューアル

買収が正式に成立した後、私はすぐに社内で特別チームを結成し、サイトのリニューアルに取り掛かりました。最初に手を付けたのは、サイトのデザイン刷新です。売り手の運営時代からの雰囲気を尊重しつつも、スマホファーストで、直感的に操作できるレイアウトに変更しました。また、主要な観光地情報をトップに配置し、ユーザーが目的の情報にスムーズにたどり着けるよう工夫を施しました。

さらに、SNSキャンペーンを活用し、ユーザーとの距離を縮める試みもスタートしました。特に、地元の観光協会や自治体と提携することで、最新の観光情報をリアルタイムで提供できる体制を整えました。この連携により、地域密着型の観光情報がさらに充実し、サイトの信頼性と価値が一層高まりました。

数カ月が過ぎたころ、サイトのアクセス数が徐々に回復し、広告収入も安定してきました。読者からは「細かい情報まで載っててありがたいです」「まさにこのサイトがきっかけで旅行を決めました」というコメントが届き、チーム全員が手ごたえを感じていました。私はその反響を目の当たりにしながら、「自分がこの買収を決断して本当によかった」と心から感じると同時に、売り手の期待に応える責任をより一層感じました。

成功体験と新たな展望

この譲渡を通じて、私たちのメディア会社が観光情報サイトを受け継ぎ、新たな息吹を吹き込むことでサイトはさらに成長を遂げています。リニューアルやSNS強化に注力した結果、アクセス数は順調に増加し、広告収益も安定してきました。SNSでもフォロワーとの交流が活発化し、「このサイトがきっかけで新しい観光地を訪れた」「地元の魅力を再発見できた」といった喜びの声が届くたびに、このプロジェクトの手応えと責任を実感しています。

そんな中、元運営者である売り手の佐伯さんから近況報告が届きました。譲渡後、これまでの経験を活かし、地域の観光イベントの企画に携わったり、旅のエッセイを執筆する活動を始め、また、譲渡によって得た資金を元手に、地元で小さな宿泊施設を運営するという新しい挑戦にも取り組んでいます。これまでは画面越しに観光情報を発信してきた佐伯さんですが、今度は直接観光客と触れ合い、地域の魅力を伝える喜びを感じていました。訪れる人々に地域の豊かさを伝えるたびに、情報発信とは異なる、心に触れるやりがいを感じる充実した日々を送られており、「手放したサイトがこうして成長している姿を見て嬉しい!」とのメッセージに、私たちも感慨深い気持ちになりました。

譲渡で得た知識や経験は、私たちにも大きな成長をもたらしました。元運営者である佐伯さんが注いできた情熱や、観光業界に対する愛情に触れることで、「サイトを通じて多くの人に価値ある情報を届ける」という新たな目標が生まれました。今後も地方自治体や観光協会との連携を深め、地域活性化にも貢献していきたいと考えています。

M&A担当の和家からの見た譲渡に込めた想い

今回の譲渡では、売り手・買い手双方が前向きな未来を見据えた形で成約できたことが、私にとっても大きな喜びです。売り手である元運営者の佐伯さんが育んできたサイトが、新しい投資とともに成長を遂げ、多くの人に価値を届ける姿を見ることができるのは、仲介者としての私にとっても格別な体験です。また、譲渡後に元運営者が新たな挑戦に踏み出し、地域に根ざした形で観光業に携わっていることも、彼自身の想いが形を変えながら受け継がれていると感じます。

この譲渡は、売り手・買い手の双方にとって新たな道を拓くものでした。私が仲介者として携わったこの取引が、売り手と買い手それぞれの未来を広げる一助になれたのであれば、何よりの成功です。双方がこの出会いによって新たなステージに進んでいけたことを心から嬉しく思います。

執筆著者 和家智也(わけともや)

執筆者: M&Aアドバイザー 和家 智也(わけ ともや)
株式会社ゼスタス 代表取締役/早稲田M&Aパートナーズ株式会社 代表取締役
一般社団法人日本サイトM&A協会 代表理事

筑波大学第三学群基礎工学類卒業。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修士課程修了(MBA)。2006年、サイトM&A専門仲介事業『サイトレード』を立ち上げる。2017年、第11回M&Aフォーラム賞 選考委員会特別賞を受賞。著書『M&Aエグジットで連続起業家(シリアルアントレプレナー)になる