サイト売買コラム

  • 買い手目線

【体験談】ハンドメイドECサイト買収でブランド価値向上戦略

取材協力者:藤原理恵子さん(サイト購入者)

新たな出会いへの第一歩

私は『オンリーワンクラフト』という通販サイトを運営しています。私たちのブランドはこれまで、ファッション雑貨を全国の百貨店やセレクトショップで展開し、安定した売上を誇っていました。しかし、ここ数年、競争の激化や消費者の嗜好の変化を背景に、新たな価値を提供する必要性を感じていました。

「ブランドを全国に広めていくには何が必要だろう?」

その答えを探していた時、私は市場調査の結果から、急成長するハンドメイドアクセサリー市場に可能性を見出しました。この分野は、大量生産品にはない「温もり」や「ストーリー」が求められており、私たちのブランドに新しい風を吹き込むに違いないと確信しました。

しかし、この市場にゼロから参入するには多くの時間とリソースが必要です。そこで浮かび上がったのが、既に顧客を抱えているハンドメイドアクセサリーECサイトの買収でした。まるでパズルのピースがはまるように、この計画が私の中で形になっていきました。

売却に込められた想い

三田さくらさんのサイトを知るきっかけを作ってくれたのは、サイト売買専門家の和家さんでした。オンライン販売強化を目指し、適切な買収候補を探していた私は、彼女の豊富な知識と、相手の背景や希望を丁寧に理解する姿勢に信頼感を抱き、すぐに相談しました。

初めて三田さんのハンドメイドアクセサリーECサイトを訪れた時、その魅力に心を奪われました。天然石やリサイクル素材を用いたアクセサリーは、ただの商品ではなく、作り手のストーリーが詰まった小さな宝物のようでした。レビュー欄には「プレゼントで喜ばれた」「癒される」といった声が溢れ、顧客との深い絆を感じました。アクセサリーに込められた温かさ、エシカルなデザイン、そして「手に取るだけで癒される」というコンセプト。全てに三田さんの想いが感じられました。

サイトには、彼女が大切に育てたブランドのストーリーがありました。育児休暇中に始めた趣味がいつしか大勢の人々の支持を集め、自然の恵みや優しさを形にしたアクセサリーたちが、彼女の手を通して多くの人の手元へ届いている――その背景を知るたびに、このサイトを次のステージへ引き上げる役目を果たしたいと強く思ったのです。

また、SNSフォロワー数が数万人を超え、リピーターが多いという実績も、サイトの可能性を示していました。しかし、それ以上に大切なのは、三田さんの想いを受け継ぎ、さらに発展させることでした。このECサイトを引き継ぐことが、私たちのビジョンと調和し、より多くの人に価値を届ける道だと確信したのです。

三田さんのサイトは単なる買収対象ではなく、私たちの次の成長に欠かせないパートナーだと感じました。

想いを紡ぐ交渉の始まり

最初のオンラインミーティングで、画面越しに三田さくらさんと顔を合わせました。落ち着いた雰囲気の中にも少し緊張した様子だったと記憶しています。私は彼女の作るアクセサリーの魅力や、サイト運営の中で感じている不安について率直に話を伺いました。

「これまでのお客様が私の作品や想いを気に入ってくれているからこそ、運営が変わることで急に雰囲気が変わってしまわないか、それが一番心配なんです。」

その言葉には、彼女がこれまで大切にしてきたショップの価値観や顧客への愛情が感じられました。私たちもその価値を壊さないことが、買収成功の鍵だと確信しました。

そこで、私は具体的な提案を行いました。ECサイト名やサイトデザインはそのまま維持し、運営体制だけを変更すること。また、さくらさんに定期的なデザイン監修をお願いし、作家として関与し続けていただくこと。そして、サイト内に彼女のストーリーやブログを残し、顧客が「変わらない温もり」を感じられるよう工夫すること。

「それなら、私の想いを大切にしてもらえそうですね。」と、少しほっとした表情を見せるさくらさん。これが、単なる取引ではなく、想いを繋ぐスタートとなった瞬間でした。

心を動かす買収の価値

買収を進める中で、さくらさんのサイトが持つ価値の大きさを日に日に実感しました。エシカル志向のリピーターを中心にしっかりと築かれた顧客基盤は、ゼロから作り上げるには膨大な時間と労力が必要です。それを引き継ぐことで、一瞬にして手に入る——これは効率化以上のもので、私たちが全国にブランド展開していくための架け橋だと感じました。

さらに、さくらさんの作品に込められた「温もり」や「エシカルな価値観」は、私たちのブランドと完璧に調和していました。天然素材の柔らかさや手作りの魅力が詰まったアクセサリーは、「心に響く商品」を目指してきた私たちの理想そのものです。これらを取り入れることで、ブランド全体がより親しみやすく、深い価値を持つものになる未来が見えました。

そして何より、コンテンツの多様化という点でも、この買収は大きな意味を持っています。さくらさんとのコラボレーションを進めることで、新しい商品ラインを生み出したり、特別なキャンペーンを打ち出すことができます。それによって競合との差別化が図れるだけでなく、顧客に「新しい発見」を提供できる——それが何よりも楽しみでした。

画面越しに見たあのアクセサリーが、私たちのブランドの一部となって多くの人々に届く未来。そのビジョンを描くたびに胸が熱くなりました。このサイトはただの資産ではなく、私たちのブランドに命を吹き込む存在だと確信しました

想いを引き継ぐ買収契約の瞬間

「このサイトは、私の想いが詰まった大切な場所なんです。」オンラインミーティングの画面越しに伝わるその言葉に、私は彼女のサイトに込められた深い愛情を感じました。買収を進めるにあたり、彼女の不安を解消することが最優先だと確信しました。

「ブランド名やデザインはそのまま維持し、お客様が違和感を感じないようにします。そして、さくらさんには新作のデザイン監修をお願いしたいです。」私の提案に、彼女の目が少し輝いたのを見て、安心したのを覚えています。

契約書に署名した瞬間、画面越しに「これなら私のサイトを安心して託せます」と微笑むさくらさん。その言葉は、私にとって何よりの喜びでした。この契約は単なる取引ではなく、「想いを繋ぎ、未来を共に育てる」瞬間だったと実感しました。

想いを繋ぐ運営スタート

買収契約が成立し、「ここからが本当のスタートだ」と覚悟した瞬間でした。統合作業では、三田さくらさんの「温もり」を最優先に考え、サイトデザインや商品ページに手を加えず、顧客が変わらない体験を続けられるよう配慮しました。一方で、オンリーワンクラフトの物流システムを導入し、配送のスピードと効率を向上。これにより、「もっと早く手元に届いてほしい」という顧客の要望にも応えました。

さらに、さくらさんとのコラボで新作コレクションを制作。彼女のデザインをもとに量産体制を活用し、多くの顧客に届けることが可能になりました。その結果、初月の売上は1.5倍に増加。「変わらない安心感」「新作が楽しみ」といった顧客の声が寄せられ、さくらさんも「想いが引き継がれている」と微笑んでくださいました。この取引は、顧客、さくらさん、私全員に「新たな価値」を生み出すものでした。

M&A担当の和家からの見た譲渡に込めた想い

今回の取引は、売り手と買い手の「想い」と「ビジョン」が一致した理想的なM&Aでした。三田さくらさんのECサイトは、彼女の温もりや価値観が詰まった場であり、買い手であるオンリーワンクラフトはそれを尊重し発展させる意志を持っていました。特に、ブランド名やデザインの維持、三田さんのデザイン監修継続の提案は、不安解消と顧客の安心感を両立しました。その結果、初月で売上が1.5倍に増加し、顧客からもポジティブな声が寄せられました。M&Aは単なるビジネス取引ではなく、価値を未来へ繋ぎ、新たな可能性を切り拓くプロセスです。この取引は、その理想形を体現した事例だと確信しています。売り手、買い手、顧客すべてが満足した今回の成功は、M&Aが持つ本来の力を再認識させてくれるものでした。

執筆著者 和家智也(わけともや)

執筆者: M&Aアドバイザー 和家 智也(わけ ともや)
株式会社ゼスタス 代表取締役/早稲田M&Aパートナーズ株式会社 代表取締役
一般社団法人日本サイトM&A協会 代表理事

筑波大学第三学群基礎工学類卒業。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修士課程修了(MBA)。2006年、サイトM&A専門仲介事業『サイトレード』を立ち上げる。2017年、第11回M&Aフォーラム賞 選考委員会特別賞を受賞。著書『M&Aエグジットで連続起業家(シリアルアントレプレナー)になる