サイト売買コラム
- 売り手目線
手放す勇気が教えてくれた、本当の価値~育てたサイトが次の命を吹き込まれるまで~
2025.06.09

取材協力者:星野光一さん(サイト売却者)
Contents
思い入れがあるからこそ手放せなかった
私は中小企業向けに法務コンサルティングをしている個人事業主です。
5年前、「弁護士を探したい企業」と「相談に乗りたい弁護士」をつなぐサイトを立ち上げました。専門知識を誰にでもわかりやすい記事を地道に書き続け、気づけば月間3万PV、月100件を超える問い合わせが入る”相談の窓口”になっていました。
けれど、本業の法務コンサルが忙しくなるにつれ、更新は滞り、問い合わせ対応にも遅れが出るように。それでも、サイトを手放すという選択肢は簡単には選べませんでした。
「せっかくここまで育ててきたのに」「本当に、誰かがちゃんと引き継いでくれるのだろうか」「サイトを売るって、逃げなんじゃないか…?」
頭の中をぐるぐる回る葛藤に、なかなか一歩が踏み出せませんでした。深夜のオフィスで管理画面と向き合いながら、コメント欄に寄せられる感謝の言葉や、アクセス解析に現れる切実な検索キーワードを見ていると、このサイトが本当に困っている人たちの最後の頼みの綱になっていることを感じていたからこそ、簡単に手放すことなどできなかったのです。
最初の一歩は「話してみる」だけだった

そんなある日、サイト売買仲介サービス「サイレード」のWebサイトを見つけました。「売ると決めてなくても、相談だけでもOK」と書いてあったのが、背中を押してくれて、オンライン面談を申し込んでみました。
担当してくださったのは、M&Aアドバイザーの和家さん。私は、正直なところ「冷たいビジネスの話になるんだろうな」と身構えていました。
でも、違いました。
「このサイトには、”法律ってよくわからない”って人たちへの配慮が詰まってますね」
そう言ってくれた和家さんは、私の話をじっくり聞いてくれて、数字ではなく”なぜこのサイトを作ったのか””どんな想いで運営してきたのか”にしっかり向き合ってくれました。
「数字だけを見て評価する買い手ではなく、想いごと受け取ってくれる人とつなぎますね。安心して私にお任せください。」
その言葉で、心の重りが少し外れた気がしました。
「変えずに引き継ぎたい」――買い手企業の言葉
それから数日後、和家さんから連絡がありました。「ある法務SaaS企業が、強く興味を持っている」と。
そして開かれたオンライン面談で出会ったのが、買い手企業のマーケティング部長、石川さんでした。
彼の第一声は、今でも忘れません。
「実は星野さんのサイト、ずっと見ていました。検索結果で出てくると、なぜか”相談しても大丈夫”って思えるんです。」
その言葉に、驚きと同時に、心の奥がふっと温かくなりました。数値では測れない「空気」を、ちゃんと感じ取ってくれていた——そう思えたからです。
石川さんは続けました。
「構成も文章も、そのまま活かしたいんです。変えて壊すのが一番もったいないので。」
それを聞いたとき、私は初めて「この人たちになら託してもいい」と、心から思えたのです。
石川さんの会社では、すでに法務SaaSツールを展開しており、技術的なサポートは充実していました。しかし、「法律の敷居を下げる」という部分で課題を感じていたそうです。私のサイトは、まさにその課題を解決する「やさしい入り口」として機能していたのです。
面談の最後、石川さんは「星野さんが大切に育ててきたものを、私たちなりの方法でさらに大きく育てていきたい」と言ってくれました。その真摯な姿勢に、私の不安は確信に変わりました。
最後の夜、ログイン画面の前で

その後、M&Aアドバイザーの和家さんのサポートのもと、交渉は着実に進みました。記事著作権の扱い、問い合わせ導線、ライターの継続発注体制まで丁寧に詰めていき、無事に合意に至りました。
契約書にサインした日の夜。私は、最後に一度だけ管理画面にログインしました。
長い時間をともにしたダッシュボード。最初の記事、たった1ページだったころのアクセス履歴。思い出が次々に浮かび、気づけば涙が滲んでいました。
でも、その中にあったのは、後悔ではなく、静かな納得感でした。
売却後に広がった、新しい選択肢と自分の可能性
サイトの譲渡から数週間が経ち、少しずつ実感していったのは、「自分の時間が戻ってきた」という感覚でした。
今までは、毎日どこかで「更新しないと」「返信しないと」という見えない焦りを感じながら生活していました。でも譲渡後は、本業に100%集中できる時間と心の余裕が生まれたのです。
実は、売却をきっかけに踏み出した新しい取り組みがあります。それは、企業法務のナレッジを”動画講座”として体系化するプロジェクトです。
現場で繰り返し相談を受けてきた内容を、ストーリー形式で可視化し、「法務の知識を”誰でも学べる”」という新たな価値提供を目指しています。
これまで「個別対応」でしか届けられなかった知識を、「自走できる学習コンテンツ」として広げていく。そのチャレンジができているのは、サイトを売却し、”時間”という資源を取り戻せたからに他なりません。
動画講座の制作過程で気づいたのは、以前のサイト運営で培った「難しいことを分かりやすく伝える技術」が大いに活かされているということです。記事執筆で磨いた構成力や、読者目線での情報整理スキルが、新しい形で花開いているのだと思っています。
あのとき、手放す勇気があったから今がある

売却直後は、やっぱり寂しさもありました。「あのサイト、今どうなってるかな…」とログインしそうになることも何度かありました。
でも、買い手企業からの報告で、「Web経由の相談が倍増してます」「顧問契約も順調です」と聞いたとき。心の中で、そっと笑ったんです。
ああ、ちゃんと、次の誰かの役に立ってるなって。
自分ひとりで続けていたら、たぶんアクセスは落ちていき、対応もしきれず、信用も薄れていたかもしれません。”誰かに託す”という勇気が、その価値を繋いでくれた。そう、今ならはっきり言えます。
迷っているあなたへ伝えたいこと
「まだ手放すのは早い気がする」「でもこのまま続けるのも、しんどい」「誰かが引き継いでくれるのだろうか」
もしあなたが今、そんな思いを抱えているのなら。私は、あのときの自分にこう言ってあげたいです。
「大丈夫。ちゃんと価値を分かってくれる人が、きっと現れるよ」「そしてあなたにも、”次の一歩”が待っているよ」
売却は、決して”諦め”ではありません。それは、”託すことで活きる価値がある”と認めた証です。
あの決断が、今の私の仕事と人生に、新しい流れをもたらしてくれました。時には、手放すことが最も前向きな選択になることもあるのです。
もしあなたがサイト売却を検討しているなら、まずは相談だけでもしてみてください。自分では気づいていない価値を発見できるかもしれませんし、思いもよらない可能性が開けるかもしれません。
M&A担当の和家から見た、譲渡に込めた想い

星野さんのサイトは、ただの法務専門の集客メディアではありませんでした。”困っている人のために書かれた、やさしい相談の入り口”だったのです。
最初のヒアリングで感じたのは、「このサイトには数字に現れない誠実さがある」ということ。だからこそ、買い手選定には最大限の配慮をしました。
幸い、石川さんをはじめとした買い手企業は、最初から「この空気を壊さないこと」を前提にしてくれていました。
私はこのM&Aを通じて、「売却=手放す」ではなく「引き継ぎ=価値が広がる」ことを、あらためて実感しました。
悩みながらも丁寧に向き合ってきたサイトには、かならずその想いにふさわしい買い手が現れます。星野さんのケースが、その証明になればうれしいです。
執筆者: M&Aアドバイザー 和家 智也(わけ ともや)
株式会社ゼスタス 代表取締役/早稲田M&Aパートナーズ株式会社 代表取締役
一般社団法人日本サイトM&A協会 代表理事
筑波大学第三学群基礎工学類卒業。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修士課程修了(MBA)。2006年、サイトM&A専門仲介事業『サイトレード』を立ち上げる。2017年、第11回M&Aフォーラム賞 選考委員会特別賞を受賞。著書『M&Aエグジットで連続起業家(シリアルアントレプレナー)になる』