サイト売買コラム
- 買い手目線
「音楽への情熱が繋いだM&A」― 売り手と買い手の想いを結ぶ取引の裏側
この記事のポイント
DIYギターセット成功から次の挑戦へ:音楽愛と事業の出会い
2024.11.05
取材協力者:武田健一さん(サイト購入者)
DIYギターセットの通販サイトを立ち上げたのは、組み立て・塗装前のギターセットがあるということを知り、ギターを自分で作り上げるという楽しさと、この楽しさを音楽好きな人と共有したいという想いからでした。私はアマチュア時代からたくさんのギターを手にしてきましたが、楽器を弾く楽しさだけでなく、楽器を作る喜びをより多くの人と分かち合いたいと考え、とある方からDIYギターセットの通販サイトを譲っていただきました。その当時は全くの素人で、サイト運営の知識も限られていましたが、「音楽への愛情」という唯一の共通項があったからこそ、心からこの事業に没頭できました。
事業は順調に伸びていき、やがて安定的な収益を上げるまでになりました。私はこの成功体験から「次なる挑戦」を考えるようになり、特に音楽関連で、新たにビジネスチャンスを探すことにしました。そんな時、ふと目に留まったのが業界用語で「バックドロップ」、つまりライブハウスで使われる横断幕の通販サイトでした。サイトレードの掲載一覧でその案件名を見つけたときには「珍しいビジネスだな」という程度の興味でした。
「バックドロップ」通販事業との出会いと共感
売却対象サイトの情報を開示いただくと、売り手の情熱とこだわりが細部にまで宿っていることがわかりました。サイト全体が利用者に寄り添ったデザインになっており、どのページも一目で操作が分かるように工夫されていたのです。利用者の視点で、シンプルかつ分かりやすくまとめられているこのサイトは、マーケティング的には非常に優れているサイトでした。それに加えて、私の知っている憧れのバンドのバックドロップが制作実績として載っていたのです。単なるビジネス以上のものをご縁を感じました。
サイトの運営状況を調べていくと、なんと運営者もバンド経験者であり、音楽業界で同じ情熱を共有していることが判明しました。この共通の背景があったからこそ、「この事業を私が受け継ぎ、さらに大きなものにしていけるかもしれない」という感情が強く湧き上がりました。
私はすぐにサイトレードの担当者である和家さんに連絡し、売り手との面談を設定してもらいました。オンラインミーティングを通じて初めて対面した売り手さんは、いかにも音楽に対する愛情を持ち合わせた方で、彼自身もまた、音楽を通じて多くの人に「ライブ会場の興奮」を届けたいと考えていました。この共感が、今回の買収の決め手となったのです。
仲介者のサポートと買収交渉のプロセス
「事業を引き継ぐ」と決めたものの、買収手続きは複雑で、最初は「事業運営に必要な情報が全部揃っているだろうか」「買収後に何かトラブルが発生しないだろうか」と不安だらけでした。しかし和家さんは、売り手と買い手の双方の視点に立って、スムーズな交渉を進めてくれました。例えば、売り手側が「個人の都合で早期売却が望ましい」と考えていた一方で、私自身はまず細かな確認を重ね、安心して事業に取り組むための猶予が必要でした。この点を和家さんが巧みに調整し、両者が納得する形で条件がまとまりました。
また、私にとっては大きなお金の投資であるため、契約の文言一つひとつが非常に重要でした。何度も確認し、和家さんに疑問をぶつけましたが、和家さんはその都度、丁寧に説明してくれ、安心して契約に進むことができました。和家さんのようなプロの仲介者がいることで、買収に伴うリスクや手続き上の問題を最小限に抑えることができたと実感しています。
引き継ぎとリニューアルによる事業拡大
買収が成立し、いよいよ事業を引き継ぐ時が来ました。引き継ぎの過程で驚いたのは、売り手さんの徹底したノウハウの共有でした。通常、業務の流れを簡単に説明するだけという引き継ぎもありますが、売り手さんは細かいポイントまで説明してくれました。例えば、「この業者にはこんな特徴・癖がある」「こういう特殊な要望なら納期はこう伝えたほうがいい」「制作前に注文者にはこの点を何度も確認すべき」など、彼自身の経験から得た情報も惜しみなく伝えてくれたのです。
事業の土台が安定し始めると、私はサイトのリニューアルにも着手しました。まず取り掛かったのは、利用者がより簡単に商品を見つけられるようにする検索機能の強化でした。さらに、ユーザーのニーズに応えるため、バックドロップの設置例や利用事例を紹介するコラムを追加し、ライブハウスの関係者やバンドメンバーにとって「役立つ情報源」としての価値も高める工夫をしました。
成果と今後のビジョン
事業運営を始めて数ヶ月後、私の元に大手レコード会社からのバックドロップの発注が入りました。この依頼は、私にとって大きな一歩であり、サイトリニューアルの成果が認められた証拠だと実感しました。そしてこの時、「ただ売上を上げるだけでなく、この業界でトップを目指す」ことが新たな目標として生まれました。
さらに、前年の売上を早々に超え、事業が成長しているのを実感する日々の中で、「バックドロップと言えばこのサイト」という認識を持たれる存在にしていきたいという決意も固まりました。今後はより多くのライブハウスやイベント会場と連携し、利用者に愛されるブランドとしての地位を確立していくつもりです。
M&A担当者の和家より
今回の取引を通じて、私は改めて「M&Aの本質は単なるビジネス取引にとどまらない」ということを学びました。特に、この取引で売り手と買い手が持つ「音楽への情熱」という共通の価値観があったからこそ、スムーズに進んだ部分が多くありました。売り手のバックドロップ通販サイトには、ただ収益を上げるだけではなく「ライブの現場を支えたい」という強い想いが込められていました。一方、買い手の方も音楽に対する愛情を持ち、その情熱を次の事業に活かしたいと考えていたため、両者が自然に惹かれ合うような交渉になりました。
ただし、注意しなければならない点も多くありました。特に、条件のすり合わせとタイムラインの調整は、取引の進行において重要な要素だと再認識しました。例えば、売り手は個人的な事情で事業の早期売却を希望したいと考えていた一方で、買い手側は、不安なくスタートをするため運営手順の確認と、運営体制の準備猶予を求めていました。この両者の異なる意見を調整する際には、双方に対して相手の立場を理解してもらうため、慎重に情報を伝える工夫が求められました。
また、M&A契約書についても大きな学びがありました。買い手にとっては大きな対価を支払うため、重要な条項については専門用語や複雑な表現を避け、可能な限り噛み砕いた説明を行いました。特に、買収後の引き継ぎ内容や範囲、サポートの有無については詳細に確認し合い、売り手と買い手双方が安心して署名できるような内容に仕上げるよう努めました。こうした細かな説明が、最終的に双方の信頼関係を深めることにつながり、交渉が円滑に進む結果となったのです。
おわりに
この取引を通じ「売り手と買い手がそれぞれの価値観や事業に対する思いを共有できるかどうか」を初期段階で確認することの重要性を改めて強く感じています。特に、取引が感情的な価値観に基づく場合、M&Aは単なるビジネスの枠を超えて「どちらがその事業をより良くしていけるか」という、意義あるパートナーシップに発展します。
さらに、事業に対する熱意が強い案件ほど、引き継ぎの段階での丁寧なサポートが求められると感じました。売り手が大切に育てた事業を引き継ぐことは、買い手にとっても大きな責任が伴います。こうした引き継ぎのプロセスがスムーズに進むように、私自身も事業内容や業界の知識を深め、双方に信頼される仲介者としての役割を果たしたいと考えています。
この取引を通じて学んだ経験は、今後の案件においても非常に大きな糧となりました。売り手と買い手の双方にとって理想的なパートナーシップを実現するために、今後も「想いと信頼をつなぐ架け橋」として、より丁寧で分かりやすいサポートを提供し続けていきたいと思います。
執筆者: M&Aアドバイザー 和家 智也(わけ ともや)
株式会社ゼスタス 代表取締役/早稲田M&Aパートナーズ株式会社 代表取締役
一般社団法人日本サイトM&A協会 代表理事
筑波大学第三学群基礎工学類卒業。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修士課程修了(MBA)。2006年、サイトM&A専門仲介事業『サイトレード』を立ち上げる。2017年、第11回M&Aフォーラム賞 選考委員会特別賞を受賞。著書『M&Aエグジットで連続起業家(シリアルアントレプレナー)になる』
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